行き渋り 不登校 助けてくれる人はいつもいた②

行き渋りや不登校、保健室登校など経験してきた娘。現在全日制高校に通う1年生。あと1週間で無事に1年生が終わりそう。こうなったらいいなと思い描いた未来にたどり着き夢のような現在。

娘が学校にスムーズに行けないとこで、私は多分そうでない世界では出会わない人に出会っている。義務教育9年間の中だけでもいろんな顔が浮かんでくる。担任の先生の中にも本当に素晴らしい方がいた。 基本的に先生というのは、学校行きたくない、教室に入りたくない子に対して、寄り添いの姿勢を見せる。けれども大勢の子を一人で見るのだから優しく見守り続けるわけにはいかない。次第にため息をつく先生の姿、「授業についていけなくなってるんですよね、困ります。」と焦り始める先生の姿など、何度も目にしてきた。そのたびに親もため息、焦り、不安が押し寄せては先生の時間を奪っているんだ、迷惑をかけているんだという自責の念が繰り返し襲ってくる。もう暗闇の無限ループ。 行き渋りや保健室登校をしていた小学生時代。行きたくない娘を無理矢理連れて行ったことは何度も何度もある。そんな小学生時代、娘の登校が唯一スムーズだった時期がある。二年生の時だった。担任は50代のベテランの女性の先生。1年生の4月の終わりには、教室が怖い、教室入れないと泣いていた娘。ひょんなことから三学期の終わりには再び一人で登校できるようになっていたのだが、二年生のあの1年間は行き渋ることも全くなく、それどころか生き生きとして機嫌の良い日が多かったように思う。もちろん特性ゆえのこだわり、癇癪はあったので家庭生活では疲弊する場面はあったけど、登校がスムーズであることで私はストレスからずいぶん解放されていた。その先生は上の子も受け持ってもらったたこともあったのだが、クラス経営が安定、子供のことをよく見ており、とても信頼のおける先生だった。先生は子供が本当に大好きで、幼稚園の先生になろうかなと思ったほどだと後で話してくださった。見返りを求めない、子供を言動を頭ごなしに否定しない、どんなタイプの子でも、その子に合った対応を自然とされていた、そんな印象がある。ずっと見ているわけではないけども、それが伝わってくる不思議。 「先生ってね、授業参観のときだけ優しいんだよ。いつもより笑ってる。」と子供はよく見ている。しかし先述の二年生の時の先生は、上の子も娘も「〇〇先生だけは授業参観の時もいつも通りなんだよ。」と言っていた。つまり、そういうことなんだな。勉学の指導力も大事なのだろうけど、先生の人間性が何よりも大事。大学受験も終盤だと先ほどニュースでも言っていた。我が家の上の子も受験生。教育学部を目指し最後まで粘った。行先はまだ決まらないけど、先生の出身大学が気になったことは一度もない私。どこだって自分次第だよと上の子と話している。 縁のある先生なのだろう。別の学校に転勤され、今は退職されている二年生の時の先生に、半年ほど前に偶然会ったのだ。「たまにね 車からお見掛けしていましたよ、〇〇さんも大きくなって。」とのこと。とてもうれしかった。無事高校生になれたこと、将来の目標にむかえていること、大好きだった先生に伝えることができ、娘もうれしそうだった。人との縁、大切にしていきたい。

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