不登校と発達障害 疲弊してしまう子もいる

めっきり春らしくなり、桜の開花宣言もあちこで聞かれるこの頃。そして、春休み。我が家の2人の子供たちも春休み中。不登校を経験した下の娘。自分で決めた高校受験を経て、公立の全日制高校へ進学。無事に1年生を終え、つかの間の休みを満喫中。部活に行きつつ、新学期に備えてエネルギーを蓄えている。本当によく頑張った1年だったと思う。不登校だった子が1年間学校へ通えたのだ。スムーズではない時期もあっけど、この学校を卒業したあとはこうなりたいという未来の自分の姿が娘の中に明確にあるようで、それが登校する力となっているのではないかと私は感じる。

不登校を経験した我が家の娘には、発達障害の診断がおりている。自閉症スペクトラム障害。娘の場合、小さい頃から癇癪持ちではあったが、目も合う、やり取りもできる、家族以外ともコミュニケーションがとれる、表情も豊かで、集団の中でも特に浮いた感じはなかった。初めての場所が苦手だったり、音に敏感だったり、こだわりが強かったり、興奮しやすかったり、今思えば自閉症スペクトラム障害の特性を思わせる部分は幼い頃からあった。けれどもそれは性格であって、集団の中でもなんだかんだ過ごせていたし、学習面も問題ない。先生方から指摘されたこともなく、障害と診断されるなどとは私はあまり思わなかったので、支援に繋がることはなかった。それでもやはり育てにくさはずっとずっとあって、もうこの子のこと育てられないと何度も何度も思った。今でもそう思ってしまうことは日常茶飯事。神経えぐられることは日々の中にいつもある。育てにくさに加えて、学校行きたくない。もう本当に地獄の子育て。笑顔で子育てなんて、まじかよって感じだわ。私子育て向いてないんだなっていつも思ってしまう。

行き渋りや保健室登校、別室登校、不登校、あらゆることを経験しながら終えた娘の義務教育期間。発達障害の診断が正式におりたのは中学2年生の時。遅かった。とても遅かったし、後悔もした。その時色んな感情が私を駆け巡ったのだけど、それはまたおいおい書いていきたいと思う。娘の場合、一見皆と同じことができる、集団に馴染んでいるように見えるため、周りから見ても困っていることが分からない。けれど実は娘、とても困っていたり、とてもとても頑張っていたり、並々ならぬ努力で“普通の子”を無意識に演じていたのだ。それでエネルギーを消費して疲弊していたのだった。多様性とはいいながら、皆と足並みを揃えることを求められる場面が多い学校。集団なのでルールは必要だと思うけど、色んな子がいるわけで、ついていけず息切れしてしまう子は少なからずいる。そんな子が皆発達障害とは言わないけど、学校という場所は、発達特性を持っている子にとっては苦しい場面が多いのは事実。頑張れば、結局は何でも皆と同じようにできてしまう娘への理解が追いつかず、私は娘をとても追い詰めてきたんだと思う。娘が発達障害の二次障害の状態になるほどに。寄り添っているようで寄り添えていなかった。

少しでも気になることがあれば、あれこれ考えすぎず検索しすぎず、専門のところへ早めに相談することをおすすめするよ。

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