いつの間にか今年も梅雨入り。年々恐怖を感じるような大雨の頻度が多くなっていて、何事もなく梅雨が明けて欲しいと願うばかり。こう毎日じめじめしていると、余計に気分もどんより、学校行くのもなんか億劫、学校行きたくないなんて言われた日には、親の気分の沈みも一段と大きくなっていたなと振り返る。
小中学校時代に不登校を経験した娘も現在全日制高校二年生。毎日休まず早朝の補習から登校している。本当によく頑張っている。娘には目標がある。自立するんだという気持ちも育っている。中学校三年生はほぼ教室に入れなかった娘。全日制高校に進学し、卒業、進学や就職という未来は簡単に描けるものではなかった。それでも一度は希望した学校、チャレンジの気持ちで受験、無事合格、そして進級までたどり着いた。苦手な行事が盛りだくさんの高校一年生の二学期は、ストレスが強くなり、時々休み、やはり無理なのか、通信制高校へ転学か、という時期があった。そんな娘が先日驚きの一言。「なんかもう学校行きたくないとか、無くなったんだよね。」と。もちろん行かなくていいのならば行きたくはないのだけど。毎日楽しく登校していても、学校がやすみだと皆うれしいよね。それと同じ感じ。学校に行くだの、行かないだの、行きたくないだの、あれほど言っていた娘が、今の状態になることなど想像もしていなかった。発達特性ありの娘は、その特性ゆえに集団生活が負担となり、小中学校と登校がきつくなっていた。自分の特性を理解し、少しずつ上手に付き合えるようになり、困りごとは自分で工夫したり、自ら先生に相談しに行ったり、ここ最近の娘の成長には驚かされる。きついことはたくさんあると思う。それでも前に進もうとする娘をサポートしたい。
いま少し穏やかに過ごせているのは、私が頑張って娘に対応してきたからではない。学校に行きたくないと我が子が言ったときの私の対応はかなり、そしてずっと間違っていた。休むことを許さない、感情的になり子供を追い詰めた鬼母。休むことを早々にすんなり受け入れれば親子とももっと楽に生きてこれたと思う。上の子にもたくさんネガティブな言葉を聞かせてしまったし、どちらの子にも親の未熟さゆえ申し訳ないことをしたと悔いている。生きることをやめようとした娘、娘と一緒に消えてしまおうとした私。もうすべてを終わらせたい、そんな時もあったけど、結局は思いとどまり、日々を過ごしてきた。上の子はいるし、仕事もあるし。そんな暗闇の日々でも、学校に行かなくても生活リズムを崩さないことだけは娘に守らせた。ゴミ出しの日はお手伝いをお願いし、毎朝日を浴びさせた。悶々とした日々の中でもそこだけは私も譲らなかった。登校できなくなる原因は様々なので、安心して休ませ心を回復させるために、子供の好きなことだけをさせる時間は必要のこともあると思う。でも、だからと言って、不登校期間をいつまでも好き放題に過ごさせるのは私は違うかなと思う。見守りと放任は紙一重。親は子供がいずれ社会の中で生きていけるように導く役割があると思う。子供が自ら動き出すまで待つ、という考えに関して、子供の年齢にもよるけど、だた親は何もせずひたすら待つという解釈をしてはいけないと私は思っている。タイミングをみて先のことをぼんやりでもいいから話すとか、子供がどう考えているのか探ったり、少々の刺激はお互いに必要だと思う。
生きてこその人生だよね。起こることは誰のせいでもないのだから。一緒に歩いていけばいい。
コメント